源氏物語

浮舟失踪 右近ら、その入水を直感する

The Drake Fly

かしこには、人々、おはせぬを求め騒げど かひなし。物語の姫君の人に盗まれたらむ 朝のやうなれば、くはしくも言ひつづけず。  京より、ありし使の帰らずなりにしかば、おぼつかなしと て、また人おこせたり。 「まだ、鳥の鳴くになむ、出だし立 てさせたまへる」と使の言ふに、いかに聞こえんと、乳母よ りはじめて、あわてまどふこと限りなし。思ひやる方なくて ただ騒ぎあへるを、かの心知れるどちなん、いみじくものを 思ひたまへりしさまを思ひ出づるに、身を投げたまへるか、 とは思ひ寄りける。  泣く泣くこの文を開けたれば、 いとおぼつかなさにまどろまれはべらぬけにや、今-

  宵は夢にだにうちとけても見えず、ものにおそはれつつ、   心地も例ならずうたてはべるを、なほいと恐ろしく。も   のへ渡らせたまはんことは近かなれど、そのほど、ここ   に迎へたてまつりてむ。今日は雨降りはべりぬべければ。
などあり。昨夜の御返りをも開けて見て、右近いみじう泣く。 「さればよ。心細きことは聞こえたまひけり。我に、などか いささかのたまふことのなかりけむ。幼かりしほどより、つ ゆ心おかれたてまつることなく、塵ばかり隔てなくてならひ たるに、今は限りの道にしも我をおくらかし、気色をだに見 せたまはざりけるがつらきこと」と思ふに、足摺といふこと をして泣くさま、若き子どものやうなり。いみじく思したる 御気色は見たてまつりわたれど、かけても、かく、なべてな らずおどろおどろしきこと思し寄らむものとは見えざりつる 人の御心ざまを、なほ、いかにしつることにか、とおぼつか なくいみじ。乳母は、なかなかものもおぼえで、ただ、 「いか

さまにせむ、いかさまにせん」
とぞ言はれける。 匂宮、浮舟の死を知り、時方を宇治に派遣 宮にも、いと例ならぬ気色ありし御返り、 「いかに思ふならん。我を、さすがにあひ 思ひたるさまながら、あだなる心なりとの み深く疑ひたれば、ほかへ行き隠れんとにやあらむ」と思し 騒ぎて、御使あり。あるかぎり泣きまどふほどに来て、御文 もえ奉らず。 「いかなるぞ」と下衆女に問へば、 「上の、 今宵、にはかに亡せたまひにければ、ものもおぼえたまはず。 頼もしき人もおはしまさぬをりなれば、さぶらひたまふ人々 は、ただ物に当りてなむまどひたまふ」と言ふ。心も深く知 らぬ男にて、くはしくも問はで参りぬ。  かくなん、と申させたるに、夢とおぼえて、 「いとあやし。 いたくわづらふとも聞かず、日ごろ悩ましとのみありしかど、 昨日の返り事はさりげもなくて、常よりもをかしげなりしも のを」と、思しやる方なければ、 「時方、行きて気色見、た

しかなること問ひ聞け」
とのたまへば、 「かの大将殿、い かなることか、聞きたまふことはべりけん、宿直する者おろ かなりなど戒め仰せらるるとて、下人のまかり出づるをも見 とがめ問ひはべるなれば、言つくることなくて時方まかりた らんを、ものの聞こえはべらば、思しあはすることなどやは べらむ。さて、にはかに人の亡せたまへらん所は、論なう騒 がしう人繁くはべらむを」と聞こゆ。 「さりとては、いと おぼつかなくてやあらむ。なほ、とかくさるべきさまに構へ て、例の、心知れる侍従などにあひて、いかなる事をかく言 ふぞ、と案内せよ。下衆はひが言も言ふなり」とのたまへば、 いとほしき御気色もかたじけなくて、夕つ方行く。  かやすき人は、とく行きつきぬ。雨すこし降りやみたれど、 わりなき道に、やつれて下衆のさまにて来たれば、人多く立 ち騒ぎて、 「今宵、やがて、をさめたてまつるなり」など言ふ を聞く心地も、あさましくおぼゆ。右近に消息したれども、

えあはず、 「ただ今ものおぼえず、起き上らん心地もせで なむ。さるは、今宵ばかりこそは、かくも立ち寄りたまはめ、 え聞こえぬこと」と言はせたり。 「さりとて、かくおぼつ かなくてはいかが帰り参りはべらむ。いま一ところだに」と 切に言ひたれば、侍従ぞあひたりける。 「いとあさましく、 思しもあへぬさまにて亡せたまひにたれば、いみじと言ふに も飽かず、夢のやうにて、誰も誰もまどひはべるよしを申さ せたまへ。すこしも心地のどめはべりてなむ、日ごろももの 思したりつるさま、一夜いと心苦しと思ひきこえさせたまへ りしありさまなども、聞こえさせはべるべき。この穢らひな ど、人の忌みはべるほど過ぐして、いま一たび立ち寄りたま へ」と言ひて、泣くこといといみじ。  内にも、泣く声々のみして、乳母なるべし、 「あが君や、 いづ方にかおはしましぬる。帰りたまへ。むなしき骸をだに 見たてまつらぬが、かひなく悲しくもあるかな。明け暮れ見

たてまつりても飽かずおぼえたまひ、いつしかかひある御さ まを見たてまつらむと、朝夕に頼みきこえつるにこそ命も延 びはべりつれ、うち棄てたまひて、かく行く方も知らせたま はぬこと。鬼神も、あが君をばえ領じたてまつらじ。人のい みじく惜しむ人をば、帝釈も返したまふなり。あが君を取り たてまつりたらむ、人にまれ鬼にまれ、返したてまつれ。亡 き御骸をも見たてまつらん」
と言ひつづくるが、心えぬこと どもまじるをあやしと思ひて、 「なほ、のたまへ。もし人 の隠しきこえたまへるか。たしかに聞こしめさんと、御身の 代りに出だし立てさせたまへる御使なり。今は、とてもかく てもかひなきことなれど、後にも聞こしめしあはすることの はべらんに、違ふことまじらば、参りたらむ御使の罪なるべ し。また、さりともと頼ませたまひて、君たちに対面せよ、 と仰せられつる御心ばへもかたじけなしとは思されずや。女 の道にまどひたまふことは、他の朝廷にも古き例どもありけ

れど、まだ、かかることはこの世にあらじ、となん見たてま つる」
と言ふに、げにいとあはれなる御使にこそあれ、隠す とすとも、かくて例ならぬ事のさま、おのづから聞こえなむ、 と思ひて、 「などか、いささかにても、人や隠いたてまつ りたまふらん、と思ひ寄るべきことあらむには、かくしもあ るかぎりまどひはべらむ。日ごろ、いといみじくものを思し 入るめりしかば、かの殿の、わづらはしげに、ほのめかし聞 こえたまふことなどもありき。御母にものしたまふ人も、か くののしる乳母なども、はじめより知りそめたりし方に渡り たまはん、となん急ぎ立ちて、この御ことをば、人知れぬさ まにのみ、かたじけなくあはれと思ひきこえさせたまへりし に、御心乱れけるなるべし。あさましう、心と身を亡くなし たまへるやうなれば、かく、心のまどひにひがひがしく言ひ つづけらるるなめり」と、さすがにまほならずほのめかす。 心えがたく思ひて、 「さらば、のどかに参らむ。立ちなが

らはべるも、いとことそぎたるやうなり。いま、御みづから もおはしましなん」
と言へば、 「あなかたじけな。今さら に人の知りきこえさせむも、亡き御ためは、なかなかめでた き御宿世見ゆべきことなれど、忍びたまひしことなれば、ま た漏らさせたまはでやませたまはむなん、御心ざしにはべる べき」、ここには、かく世づかず亡せたまへるよしを人に聞 かせじと、よろづに紛らはすを、自然に事どものけしきもこ そ見ゆれ、と思へば、かくそそのかしやりつ。 中将の君到着 右近ら遺骸なき葬送を行う 雨のいみじかりつる紛れに、母君も渡りた まへり。さらに言はむ方もなく、 「目の 前に亡くなしたらむ悲しさは、いみじうと も、世の常にてたぐひあることなり。これはいかにしつる ことぞ」とまどふ。かかる事どもの紛れありて、いみじうも の思ひたまふらんとも知らねば、身を投げたまへらんとも 思ひも寄らず、鬼や食ひつらん、狐めくものやとりもて去ぬ

らん、いと昔物語のあやしきものの事のたとひにか、さやう なることも言ふなりし、と思ひ出づ。さては、かの恐ろしと 思ひきこゆるあたりに、心などあしき御乳母やうの者や、 かう迎へたまふべしと聞きて、めざましがりて、たばかり たる人もやあらむと、下衆などを疑ひ、 「今参りの心知ら ぬやある」と問へど、 「いと世離れたりとて、ありなら はぬ人は、ここにて、はかなきこともえせず、いまとく参 らむ、と言ひつつなむ、みな、そのいそぐべきものどもな ど取り具しつつ、かへり出ではべりにし」とて、もとよりあ る人だにかたへはなくて、いと人少ななるをりになんあり ける。  侍従などこそ、日ごろの御気色思ひ出で、 「身を失ひてば や」など泣き入りたまひしをりをりのありさま、書きおきた まへる文をも見るに、 「亡き影に」と書きすさびたまへるも のの、硯の下にありけるを見つけて、川の方を見やりつつ、

響きののしる水の音を聞くにもうとましく悲しと思ひつつ、 「さて亡せたまひけむ人を、とかく言ひ騒ぎて、いづくに もいづくにも、いかなる方になりたまひにけむ、と思し疑は んも、いとほしきこと」と言ひあはせて、 「忍びたる事とて も、御心より起こりてありしことならず。親にて、亡き後に 聞きたまへりとも、いとやさしきほどならぬを、ありのまま に聞こえて、かくいみじくおぼつかなきことどもをさへ、か たがた思ひまどひたまふさまは、すこしあきらめさせたてま つらん。亡くなりたまへる人とても、骸を置きてもてあつか ふこそ世の常なれ、世づかぬけしきにて日ごろも経ば、さら に隠れあらじ。なほ聞こえて、今は世の聞こえをだにつくろ はむ」と語らひて、忍びてありしさまを聞こゆるに、言ふ人 も消え入り、え言ひやらず、聞く心地もまどひつつ、さば、 このいと荒ましと思ふ川に流れ亡せたまひにけり、と思ふに、 いとど我も落ち入りぬべき心地して、 「おはしましにけむ

方を尋ねて、骸をだに、はかばかしくをさめむ」
とのたまへ ど、 「さらに何のかひはべらじ。行く方も知らぬ大海の原に こそおはしましにけめ。さるものから、人の言ひ伝へんこと はいと聞きにくし」と聞こゆれば、とざまかくざまに思ふに、 胸のせきのぼる心地して、いかにもいかにもすべき方もおぼ えたまはぬを、この人々二人して、車寄せさせて、御座ども、 け近う使ひたまひし御調度ども、みなながら脱ぎおきたまへ る御衾などやうのものをとり入れて、乳母子の大徳、それが 叔父の阿闍梨、その弟子の睦ましきなど、もとより知りたる 老法師など、御忌に籠るべきかぎりして、人の亡くなりたる けはひにまねびて、出だし立つるを、乳母、母君は、いとゆ ゆしくいみじ、と臥しまろぶ。  大夫内舎人など、おどしきこえし者どもも参りて、 「御葬- 送の事は、殿に事のよしも申させたまひて、日定められ、い かめしうこそ仕うまつらめ」など言ひけれど、 「ことさら

に、今宵過ぐすまじ。いと忍びて、と思ふやうあればなん」
とて、この車を、向ひの山の前なる原にやりて、人も近うも 寄せず、この案内知りたる法師のかぎりして焼かす。いとは かなくて、煙ははてぬ。田舎人どもは、なかなか、かかる事 をことごとしくしなし、言忌など深くするものなりければ、 「いとあやしう。例の作法などある事どももしたまはず、下- 衆下衆しく、あへなくてせられぬることかな」と譏りければ、 「かたへおはする人は、ことさらにかくなむ、京の人は、し たまふなる」など、さまざまになん安からず言ひける。 「かかる人どもの言ひ思ふことだにつつましきを、まして、 ものの聞こえ隠れなき世の中に、大将殿わたりに、骸もなく 亡せたまへりと聞こしめさば、必ず思ほし疑ふこともあらむ を、宮、はた、同じ御仲らひにて、さる人のおはしおはせず、 しばしこそ、忍ぶとも思さめ、つひには隠れあらじ。また、 さだめて宮をしも疑ひきこえたまはじ。いかなる人かゐて隠

しけんなどぞ、思し寄せむかし。生きたまひての御宿世はい と気高くおはせし人の、げに亡き影にいみじきことをや疑 はれたまはん」
と思へば、ここの内なる下人どもにも、今朝 のあわたたしかりつるまどひにけしきも見聞きつるには口固 め、案内知らぬには聞かせじなどぞたばかりける。 「ながら へては、誰にも、静やかに、ありしさまをも聞こえてん。た だ今は、悲しささめ ぬべきこと、ふと人 づてに聞こしめさむ は、なほいといとほ しかるべきことなる べし」と、この人二- 人ぞ、深く心の鬼添 ひたれば、もて隠し ける。 薫、浮舟の死を知りわが宿世の拙さを嘆く

大将殿は、入道の宮の悩みたまひければ、 石山に籠りたまひて、騒ぎたまふころなり けり。さて、いとど、かしこをおぼつかな う思しけれど、はかばかしう、さなむと言ふ人はなかりけれ ば、かかるいみじき事にも、まづ御使のなきを、人目も心憂 しと思ふに、御庄の人なん参りて、しかじかと申させければ、 あさましき心地したまひて、御使、そのまたの日、まだつとめ て参りたり。 「いみじきことは、聞くままにみづからもの すべきに、かく悩みたまふ御事によりつつしみて、かかる所 に日を限りて籠りたればなむ。昨夜の事は、などか、ここに 消息して、日を延べてもさる事はするものを、いと軽らかな るさまにて急ぎせられにける。とてもかくても、同じ言ふか ひなさなれど、とぢめの事をしも、山がつの譏りをさへ負ふ なむ、ここのためもからき」など、かの睦ましき大蔵大輔し てのたまへり。御使の来たるにつけても、いとどいみじきに、

聞こえん方なき事どもなれば、ただ涙におぼほれたるばかり をかごとにて、はかばかしうも答へやらずなりぬ。  殿は、なほ、いとあへなくいみじ、と聞きたまふにも、 「心憂かりける所かな。鬼などや住むらむ。などて、今まで さる所に据ゑたりつらむ。思はずなる筋の紛れあるやうなり しも、かく放ちおきたるに心やすくて、人も言ひ犯したまふ なりけむかし」と思ふにも、わがたゆく世づかぬ心のみ悔し く、御胸いたくおぼえたまふ。悩ませたまふあたりに、かか ること思し乱るるもうたてあれば、京におはしぬ。  宮の御方にも渡りたまはず、 「ことごとしきほどにもは べらねど、ゆゆしき事を近う聞きはべれば、心の乱れはべる ほどもいまいましうてなむ」と聞こえたまひて、尽きせずは かなくいみじき世を嘆きたまふ。ありしさま容貌、いと愛敬 づき、をかしかりしけはひなどのいみじく恋しく悲しければ、 現の世には、などかくしも思ひ入れずのどかにて過ぐしけむ、

ただ今は、さらに思ひしづめん方なきままに、悔しきことの 数知らず、 「かかることの筋につけて、いみじうもの思ふべ き宿世なりけり。さま異に心ざしたりし身の、思ひの外に、 かく、例の人にてながらふるを、仏などの憎しと見たまふに や。人の心を起こさせむとて、仏のしたまふ方便は、慈悲を も隠して、かやうにこそはあなれ」と思ひつづけたまひつつ、 行ひをのみしたまふ。 薫匂宮を見舞う 浮舟の密通を思い煩悶す かの宮、はた、まして、二三日はものもお ぼえたまはず、現し心もなきさまにて、い かなる御物の怪ならん、など騒ぐに、やう やう涙尽くしたまひて、思し静まるにしもぞ、ありしさまは 恋しういみじく思ひ出でられたまひける。人には、ただ、御- 病の重きさまをのみ見せて、かくすずろなるいやめのけしき 知らせじと、かしこくもて隠すと思しけれど、おのづからい としるかりければ、 「いかなる事にかく思しまどひ、御命も

危きまで沈みたまふらん」
と言ふ人もありければ、かの殿に も、いとよくこの御気色を聞きたまふに、 「さればよ。なほ よその文通はしのみにはあらぬなりけり。見たまひては必ず さ思しぬべかりし人ぞかし。ながらへましかば、ただなるよ りは、わがためにをこなる事も出で来なまし」と思すになむ、 焦がるる胸もすこしさむる心地したまひける。  宮の御とぶらひに、日々に、参りたまはぬ人なく、世の騒 ぎとなれるころ、ことごとしき際ならぬ思ひに籠りゐて、参 らざらんもひがみたるべしと思して、参りたまふ。そのころ、 式部卿宮と聞こゆるも亡せたまひにければ、御叔父の服にて 薄鈍なるも、心の中にあはれに思ひよそへられて、つきづき しく見ゆ。すこし面痩せて、いとどなまめかしきことまさり たまへり。  人々まかでてしめやかなる夕暮なり。宮、臥し沈みてのみ はあらぬ御心地なれば、うとき人にこそあひたまはね、御簾

の内にも例入りたまふ人には、対面したまはずもあらず。見 えたまはむもあいなくつつまし、見たまふにつけても、いと ど涙のまづせきがたさを思せど、思ひしづめて、 「おどろ おどろしき心地にもはべらぬを、皆人は、つつしむべき病の さまなりとのみものすれば、内裏にも宮にも思し騒ぐがいと 苦しく。げに世の中の常なきをも、心細く思ひはべる」との たまひて、おし拭ひ紛らはしたまふ、と思す涙の、やがてと どこほらずふり落つれば、いとはしたなけれど、必ずしもい かでか心えん、ただめめしく心弱きとや見ゆらんと思すも、 「さりや。ただこのことをのみ思すなりけり。いつよりなり けむ。我を、いかにをかしともの笑ひしたまふ心地に、月ご ろ思しわたりつらむ」と思ふに、この君は、悲しさは忘れた まへるを、 「こよなくもおろかなるかな。ものの切におぼゆ る時は、いとかからぬことにつけてだに、空飛ぶ鳥の鳴きわ たるにも、もよほされてこそ悲しけれ。わがかくすずろに心-

弱きにつけても、もし心をえたらむに、さ言ふばかり、もの のあはれも知らぬ人にもあらず。世の中の常なきことを、し みて思へる人しもつれなき」
と、うらやましくも心にくくも 思さるるものから、真木柱はあはれなり。これに向ひたらむ さまも思しやるに、形見ぞかし、とうちまもりたまふ。  やうやう世の物語聞こえたまふに、いと籠めてしもはあら じ、と思して、 「昔より、心にしばしも籠めて聞こえさせ ぬこと残しはべるかぎりは、いといぶせくのみ思ひたまへら れしを、今は、なかなかの上臈になりにてはべり、まして御- 暇なき御ありさまにて、心のどかにおはしますをりもはべら ねば、宿直などに、その事となくてはえさぶらはず、そこは かとなくて過ぐしはべるをなん。昔、御覧ぜし山里に、はか なくて亡せはべりにし人の、同じゆかりなる人、おぼえぬ所 にはべりと聞きつけはべりて、時々さて見つべくや、と思ひ たまへしに、あいなく人の譏りもはべりぬべかりしをりなり

しかば、このあやしき所に置きてはべりしを、をさをさまか りて見ることもなく、また、かれも、なにがし一人をあひ頼 む心もことになくてやありけむ、とは見たまひつれど、やむ ごとなく、ものものしき筋に思ひたまへばこそあらめ、見る に、はた、ことなる咎もはべらずなどして、心やすくらうた し、と思ひたまへつる人の、いとはかなくて亡くなりはべり にける。なべて世のありさまを思ひたまへつづけはべるに、 悲しくなん。聞こしめすやうもはべるらむかし」
とて、今ぞ 泣きたまふ。これも、 「いとかうは見えたてまつらじ。をこ なり」と思ひつれど、こぼれそめてはいととめがたし。  気色のいささか乱り顔なるを、あやしくいとほしと思せど、 つれなくて、 「いとあはれなることにこそ。昨日ほのかに 聞きはべりき。いかに、とも聞こゆべく思ひたまへながら、 わざと人に聞かせたまはぬこと、と聞きはべりしかばなむ」 と、つれなくのたまへど、いとたへがたければ、言少なにて

おはします。 「さる方にても御覧ぜさせばや、と思ひたま へし人になん。おのづからさもやはべりけむ、宮にも参り通 ふべきゆゑはべりしかば」など、すこしづつ気色ばみて、 「御心地例ならぬほどは、すずろなる世のこと聞こしめし 入れ御耳おどろくも、あいなきわざになむ。よくつつしませ おはしませ」など聞こえおきて、出でたまひぬ。 「いみじくも思したりつるかな。いとはかなかりけれど、さ すがに高き人の宿世なりけり。当時の帝后のさばかりかし づきたてまつりたまふ親王、顔容貌よりはじめて、ただ今の 世にはたぐひおはせざめり。見たまふ人とても、なのめなら ず、さまざまにつけて限りなき人をおきて、これに御心を尽 くし、世の人立ち騒ぎて、修法、読経、祭、祓と、道々に騒 ぐは、この人を思すゆかりの御心地のあやまりにこそはあり けれ。我も、かばかりの身にて、時の帝の御むすめをもちた てまつりながら、この人のらうたくおぼゆる方は劣りやはし

つる。まして、今は、とおぼゆるには、心をのどめん方なく もあるかな。さるは、をこなり、かからじ」
と思ひ忍ぶれど、 さまざまに思ひ乱れて、 「人木石にあらざればみな情あり」 と、うち誦じて臥したまへり。  後のしたためなども、いとはかなくしてけるを、宮にもい かが聞きたまふらむ、といとほしくあへなく、母のなほなほ しくて、はらからあるはなど、さやうの人は言ふことあんな るを思ひて、ことそぐなりけんかしなど、心づきなく思す。 おぼつかなさも限りなきを、ありけむさまもみづから聞かま ほし、と思せど、長籠りしたまはむも便なし、行きと行きて たち返らむも心苦しなど思しわづらふ。  月たちて、今日ぞ渡らまし、と思ひ出でたまふ日の夕暮、 いとものあはれなり。御前近き橘の香のなつかしきに、郭公 の二声ばかり鳴きてわたる。 「宿に通はば」と独りごちた まふも飽かねば、北の宮に、ここに渡りたまふ日なりければ、

橘を折らせて聞こえたまふ。    忍び音や君もなくらむかひもなき死出の田長に心かよ   はば 宮は、女君の御さまのいとよく似たるを、いとあはれに思し て、二ところながめたまふをりなりけり。気色ある文かな、 と見たまひて、    「橘のかをるあたりはほととぎすこころしてこそなく   べかりけれ わづらはし」と書きたまふ。 匂宮、時方をやり、侍従を呼び実情を聞く 女君、このことのけしきは、みな見知りた まひてけり。 「あはれにあさましきはかな さのさまざまにつけて心深き中に、我一人、 もの思ひ知らねば、今までながらふるにや。それもいつま で」と心細く思す。宮も、隠れなきものから、隔てたまへる もいと心苦しければ、ありしさまなど、すこしはとりなほし

つつ語りきこえたまふ。 「隠したまひしがつらかりし」な ど、泣きみ笑ひみ聞こえたまふにも、他人よりは睦ましくあ はれなり。ことごとしくうるはしくて、例ならぬ御事のさま もおどろきまどひたまふ所にては、御とぶらひの人しげく、 父大臣せうとの君たちひまなきもいとうるさきに、ここはい と心やすくて、なつかしくぞ思されける。  いと夢のやうにのみ、なほ、いかで、いとにはかなりける ことにかはとのみいぶせければ、例の人々召して、右近を迎 へに遣はす。母君も、さらにこの水の音けはひを聞くに、我 もまろび入りぬべく、悲しく心憂きことのどまるべくもあら ねば、いとわびしうて帰りたまひにけり。念仏の僧どもを頼 もしき者にて、いとかすかなるに、入り来たれば、ことごとし くにはかに立ちめぐりし宿直人どもも見とがめず。あやにく に、限りのたびしも入れたてまつらずなりにしよ、と思ひ出 づるもいとほし。さるまじきことを思ほし焦がるることと、

見苦しく見たてまつれど、ここに来ては、おはしましし夜な 夜なのありさま、抱かれたてまつりたまひて舟に乗りたまひ しけはひのあてにうつくしかりしことなどを思ひ出づるに、 心強き人なくあはれなり。右近あひて、いみじう泣くもこと わりなり。 「かくのたまはせて、御使になむ参り来つる」 と言へば、 「今さらに、人もあやしと言ひ思はむもつつま しく、参りても、はかばかしく聞こしめしあきらむばかりも の聞こえさすべき心地もしはべらず。この御忌はてて、あか らさまにものになん、と人に言ひなさんも、すこし似つかは しかりぬべきほどになしてこそ。心より外の命はべらば、い ささか思ひしづまらむをりになん、仰せ言なくとも参りて、 げにいと夢のやうなりし事どもも、語りきこえさせはべらま ほしき」と言ひて、今日は動くべくもあらず。                  大夫も泣きて、 「さらに、この御仲のこと、こまかに知 りきこえさせはべらず。ものの心も知りはべらずながら、た

ぐひなき御心ざしを見たてまつりはべりしかば、君たちをも、 何かは急ぎてしも聞こえうけたまはらむ、つひには仕うまつ るべきあたりにこそ、と思ひたまへしを、言ふかひなく悲し き御ことの後は、私の御心ざしも、なかなか深さまさりてな む」
と語らふ。 「わざと御車など思しめぐらして、奉れた まへるを、むなしくてはいといとほしうなむ。いま一ところ にても参りたまへ」と言へば、侍従の君呼び出でて、 「さ ば、参りたまへ」と言へば、 「まして何ごとをか聞こえさ せむ。さても、なほ、この御忌のほどには、いかでか。忌ま せたまはぬか」と言へば、 「悩ませたまふ御響きに、さま ざまの御つつしみどもはべめれど、忌みあへさせたまふまじ き御気色になん。また、かく深き御契りにては、籠らせたま ひてもこそおはしまさめ。残りの日いくばくならず。なほ一 ところ参りたまへ」と責むれば、侍従ぞ、ありし御さまもい と恋しう思ひきこゆるに、いかならむ世にかは見たてまつら

む、かかるをりにと思ひなして、参りける。黒き衣ども着て、 ひきつくろひたる容貌もいときよげなり。裳は、ただ今我よ り上なる人なきにうちたゆみて、色も変へざりければ、薄色 なるを持たせて参る。 「おはせましかば、この道にぞ忍びて 出でたまはまし。人知れず心寄せきこえしものを」など思ふ にもあはれなり。道すがら泣く泣くなむ来ける。  宮は、この人参れり、と聞こしめすもあはれなり。女君に は、あまりうたてあれば、聞こえたまはず。寝殿におはしま して、渡殿におろさせたまへり。ありけんさまなど、くはし う問はせたまふに、日ごろ思し嘆きしさま、その夜泣きたま ひしさま、 「あやしきまで言少なに、おぼおぼとのみもの したまひて、いみじと思すことをも、人にうち出でたまふこ とは難く、ものづつみをのみしたまひしけにや、のたまひお くこともはべらず。夢にも、かく心強きさまに思しかくらむ とは、思ひたまへずなむはべりし」など、くはしう聞こゆれ

ば、まして、いといみじう、さるべきにて、ともかくもあら ましよりも、いかばかりものを思ひたちて、さる水に溺れけ ん、と思しやるに、これを見つけてせきとめたらましかば、 とわき返る心地したまへどかひなし。 「御文を焼き失ひた まひしなどに、などて目を立てはべらざりけん」など、夜一- 夜語らひたまふに、聞こえ明かす。かの巻数に書きつけたま へりし、母君の返り事などを聞こゆ。  何ばかりのものとも御覧ぜざりし人も、睦ましくあはれに 思さるれば、 「わがもとにあれかし。あなたももて離るべ くやは」とのたまへば、 「さてさぶらはんにつけても、も ののみ悲しからんを思ひたまへれば、いま、この御はてなど 過ぐして」と聞こゆ。 「またも参れ」など、この人をさへ 飽かず思す。暁に帰るに、かの御料にとてまうけさせたまひ ける櫛の箱一具、衣箱一具贈物にせさせたまふ。さまざま にせさせたまふことは多かりけれど、おどろおどろしかりぬ

べければ、ただ、この人におほせたるほどなりけり。何心も なく参りて、かかる事どものあるを、人はいかが見ん、すず ろにむつかしきわざかな、と思ひわぶれど、いかがは聞こえ 返さむ。右近と二人、忍びて見つつ、つれづれなるままに、 こまかにいまめかしうしあつめたることどもを見ても、いみ じう泣く。装束もいとうるはしうしあつめたる物どもなれば、 「かかる御服に、これをばいかで隠さむ」など、もてわづら ひける。 薫、右近から実情を聞き、嘆きつつ帰京す 大将殿も、なほ、いとおぼつかなきに、思 しあまりておはしたり。道のほどより、昔 の事どもかき集めつつ、 「いかなる契りに て、この父親王の御もとに来そめけむ。かく思ひかけぬはて まで思ひあつかひ、このゆかりにつけてはものをのみ思ふよ。 いと尊くおはせしあたりに、仏をしるべにて、後の世をのみ 契りしに、心きたなき末の違ひめに、思ひ知らするなめり」

とぞおぼゆる。右近召し出でて、 「ありけんさまもはかば かしう聞かず。なほ、尽きせずあさましうはかなければ、忌 の残りも少なくなりぬ、過ぐして、と思ひつれど、しづめあ へずものしつるなり。いかなる心地にてか、はかなくなりた まひにし」と問ひたまふに、尼君なども、けしきは見てけれ ば、つひに聞きあはせたまはんを、なかなか隠しても、事違 ひて聞こえんに、そこなはれぬべし、あやしき事の筋にこそ、 そらごとも思ひめぐらしつつならひしか、かくまめやかなる 御気色にさし向ひきこえては、かねてと言はむかく言はむと まうけし言葉をも忘れ、わづらはしうおぼえければ、ありし さまの事どもを聞こえつ。  あさましう、思しかけぬ筋なるに、ものもとばかりのたま はず。 「さらにあらじ、とおぼゆるかな。なべての人の思ひ 言ふことをも、こよなく言少なにおほどかなりし人は、いか でかさるおどろおどろしきことは思ひたつべきぞ。いかな

るさまに、この人々、もてなして言ふにかあらむ」
と、御心 も乱れまさりたまへど、宮も思し嘆きたる気色いとしるし、 ここのありさまも、しかつれなしづくりたらむけはひはおの づから見えぬべきを、かくおはしましたるにつけても、悲し くいみじきことを、上下の人集ひて泣き騒ぐを、と聞きたま へば、 「御供に具して失せたる人やある。なほありけんさ まをたしかに言へ。我をおろかに思ひて背きたまふことはよ もあらじ、となむ思ふ。いかやうなる、たちまちに、言ひ知 らぬ事ありてか、さるわざはしたまはむ。我なむえ信ずまじ き」とのたまへば、いといとほしく、さればよ、とわづらは しくて、 「おのづから聞こしめしけむ、もとより思すさま ならで生ひ出でたまへりし人の、世離れたる御住まひの後は、 いつとなくものをのみ思すめりしかど、たまさかにもかく渡 りおはしますを、待ちきこえさせたまふに、もとよりの御身 の嘆きをさへ慰めたまひつつ、心のどかなるさまにて、時々

も見たてまつらせたまふべきやうに、いつしかとのみ、言に 出でてはのたまはねど、思しわたるめりしを、その御本意か なふべきさまに承ることどもはべりしに、かくてさぶらふ人 どもも、うれしきことに思ひたまへいそぎ、かの筑波山も、 からうじて心ゆきたる気色にて、渡らせたまはんことを営み 思ひたまへしに、心えぬ御消息はべりけるに、この宿直など 仕うまつる者どもも、女房たちらうがはしかなりなど、いま しめ仰せらるることなど申して、ものの心えず荒々しき田舎- 人どもの、あやしきさまにとりなしきこゆることどもはべり しを、その後久しう御消息などもはべらざりしに、心憂き身 なりとのみ、いはけなかりしほどより思ひ知るを、人数にい かで見なさんとのみよろづにあつかひたまふ母君の、なかな かなることの人笑はれになりはてば、いかに思ひ嘆かんな どおもむけてなん、常に嘆きたまひし。その筋よりほかに、 何ごとをかと、思ひたまへ寄るに、たへはべらずなむ。鬼な

どの隠しきこゆとも、いささか残るところもはべるなるもの を」
とて、泣くさまもいみじければ、いかなることにかと紛 れつる御心も失せて、せきあへたまはず。   「我は心に身をもまかせず、顕証なるさまにもてなされ たるありさまなれば、おぼつかなしと思ふをりも、いま近く て、人の心おくまじく、目やすきさまにもてなして、行く末- 長くをと思ひのどめつつ過ぐしつるを、おろかに見なした まひけむこそ、なかなか分くる方ありける、とおぼゆれ。今 はかくだに言はじ、と思へど、また人の聞かばこそあらめ、 宮の御ことよ、いつよりありそめけん。さやうなるにつけて や、いとかたはに人の心をまどはしたまふ宮なれば、常にあ ひ見たてまつらぬ嘆きに身をも失ひたまへる、となむ思ふ。 なほ言へ。我には、さらにな隠しそ」とのたまへば、たしか にこそは聞きたまひてけれ、といといとほしくて、 「いと 心憂きことを聞こしめしけるにこそははべるなれ。右近もさ

ぶらはぬをりははべらぬものを」
とながめやすらひて、 「おのづから聞こしめしけん、この宮の上の御方に、忍びて 渡らせたまへりしを、あさましく思ひかけぬほどに入りおは しましたりしかど、いみじきことを聞こえさせはべりて、出 でさせたまひにき。それに怖ぢたまひて、かのあやしくはべ りし所には渡らせたまへりしなり。その後、音にも聞こえじ、 と思してやみにしを、いかでか聞かせたまひけん、ただ、こ の二月ばかりより、訪れきこえさせたまひし。御文はいとた びたびはべめりしかど、御覧じ入るることもはべらざりき。 いとかたじけなく、なかなかうたてあるやうになどぞ、右近 など聞こえさせしかば、一たび二たびや聞こえさせたまひけ む。それよりほかのことは見たまへず」と聞こえさす。  かうぞ言はむかし、しひて問はむもいとほしくて、つくづ くとうちながめつつ、 「宮をめづらしくあはれと思ひきこえ ても、わが方をさすがにおろかに思はざりけるほどに、い

とあきらむるところなく、はかなげなりし心にて、この水の 近きをたよりにて、思ひよるなりけんかし。わがここにさし 放ち据ゑざらましかば、いみじくうき世に経とも、いかでか 必ず深き谷をも求め出でまし」
と、いみじううき水の契りか なと、この川のうとましう思さるることいと深し。年ごろ、 あはれと思ひそめてし方にて、荒き山路を行き帰りしも、今 は、また、心憂くて、この里の名をだにえ聞くまじき心地し たまふ。  宮の上ののたまひはじめし、人形とつけそめたりしさへゆ ゆしう、ただ、わが過ちに失ひつる人なり、と思ひもてゆく には、母のなほ軽びたるほどにて、後の後見もいとあやしく 事そぎてしなしけるなめり、と心ゆかず思ひつるを、くはし う聞きたまふになむ、 「いかに思ふらむ。さばかりの人の子に ては、いとめでたかりし人を、忍びたることは必ずしもえ知 らで、わがゆかりにいかなることのありけるならむ、とぞ思

ふなるらむかし」
など、よ ろづにいとほしく思す。穢 らひといふことはあるまじ けれど、御供の人目もあれ ば、上りたまはで、御車の 榻を召して、妻戸の前にぞ ゐたまひけるも見苦しけれ ば、いとしげき木の下に、苔を御座にてとばかりゐたまへり。 今はここを来て見むことも心憂かるべしとのみ、見めぐらし たまひて、    われもまたうきふる里を荒れはてばたれやどり木のか   げをしのばむ  阿闍梨、今は律師なりけり。召して、この法事のこと掟 てさせたまふ。念仏僧の数添へなどせさせたまふ。罪いと深 かなるわざと思せば、軽むべきことをぞすべき、七日七日に

経仏供養ずべきよしなど、こまかにのたまひて、いと暗う なりぬるに帰りたまふも、あらましかば今宵帰らましやは、 とのみなん。尼君に消息せさせたまへれど、 「いともい ともゆゆしき身をのみ思ひたまへ沈みて、いとどものも思ひ たまへられずほれはべりてなむ、うつぶし臥してはべる」と 聞こえて出で来ねば、しひても立ち寄りたまはず。道すがら、 とく迎へとりたまはずなりにけること悔しう、水の音の聞こ ゆるかぎりは心のみ騒ぎたまひて、 「骸をだに尋ねず、あさ ましくてもやみぬるかな、いかなるさまにて、いづれの底の うつせにまじりにけむ」など、やる方なく思す。 薫、中将の君を弔問、遺族の後援を約束す かの母君は、京に子産むべきむすめのこと によりつつしみ騒げば、例の家にもえ行か ず、すずろなる旅居のみして、思ひ慰むを りもなきに、またこれもいかならむ、と思へど、たひらか に産みてけり。ゆゆしければえ寄らず、残りの人々の上もお

ぼえずほれまどひて過ぐすに、大将殿より御使忍びてあり。 ものおぼえぬ心地にも、いとうれしくあはれなり。    あさましきことは、まづ聞こえむ、と思ひたまへしを、   心ものどまらず、目もくらき心地して、まいていかなる   闇にかまどはれたまふらんと、そのほどを過ぐしつるに、   はかなくて日ごろも経にけることをなん。世の常なさも、   いとど思ひのどめむ方なくのみはべるを、思ひの外にも   ながらへば、過ぎにしなごりとは、必ずさるべきことに   も尋ねたまへ。 など、こまかに書きたまひて、御使には、かの大蔵大輔をぞ 賜へりける。 「心のどかによろづを思ひつつ、年ごろにさ へなりにけるほど、必ずしも心ざしあるやうには見たまはざ りけむ。されど、今より後、何ごとにつけても、必ず忘れき こえじ。また、さやうにを人知れず思ひおきたまへ。幼き人 どももあなるを、朝廷に仕うまつらむにも、必ず後見思ふべ

くなむ」
など、言葉にものたまへり。  いたくしも忌むまじき穢らひなれば、 「深うも触れはべら ず」など言ひなして、せめて呼び据ゑたり。御返り泣く泣く 書く。    いみじきことに死なれはべらぬ命を心憂く思うたま   へ嘆きはべるに、かかる仰せ言見はべるべかりけるにや、   となん。年ごろは、心細きありさまを見たまへながら、   それは数ならぬ身の怠りに思ひたまへなしつつ、かたじ   けなき御一言を、行く末長く頼みきこえさせはべりしに、   言ふかひなく見たまへはてては、里の契りもいと心憂く   悲しくなん。さまざまにうれしき仰せ言に命延びはべり   て、いましばしながらへはべらば、なほ、頼みきこえさ   せはべるべきにこそ、と思ひたまふるにつけても、目の   前の涙にくれはべりて、え聞こえさせやらずなむ。 など書きたり。御使に、なべての禄などは見苦しきほどなり、

飽かぬ心地もすべければ、 かの君に奉らむと心ざして 持たりけるよき斑犀の帯、 太刀のをかしきなど袋に入 れて、車に乗るほど、 「こ れは昔の人の御心ざしな り」とて、贈らせてけり。  殿に御覧ぜさすれば、 「いとすずろなるわざかな」との たまふ。言葉には、 「みづからあひはべりたうびて、いみ じく泣く泣くよろづのことのたまひて、幼き者どものことま で仰せられたるがいともかしこきに、また数ならぬほどは、 なかなかいと恥づかしくなむ。人に何ゆゑなどは知らせはべ らで、あやしきさまどもをもみな参らせはべりて、さぶらは せん、となむものしはべりつる」と聞こゆ。 「げにことなる ことなきゆかり睦びにぞあるべけれど、帝にも、さばかりの

人のむすめ奉らずやはある。それに、さるべきにて、時めか し思さんをば、人の譏るべきことかは。ただ人、はた、あや しき女、世に旧りにたるなどを持ちゐるたぐひ多かり。かの 守のむすめなりけりと、人の言ひなさんにも、わがもてなし の、それに穢るべくありそめたらばこそあらめ、一人の子を いたづらになして思ふらん親の心に、なほ、このゆかりこそ 面だたしかりけれ、と思ひ知るばかり、用意は必ず見すべき こと」
と思す。  かしこには、常陸守、立ちながら来て、 「をりしもかくて ゐたまへることなむ」と腹立つ。年ごろ、いづくになむおは するなど、ありのままにも知らせざりければ、はかなきさま にておはすらむ、と思ひ言ひけるを、京になど迎へたまひて む後、 「面目ありて」など知らせむ、と思ひけるほどに、か かれば、今は隠さんもあいなくて、ありしさま泣く泣く語る。 大将殿の御文もとり出でて見すれば、よき人かしこくして、

鄙び、ものめでする人にて、おどろき臆して、うち返しうち 返し、 「いとめでたき御幸ひを棄てて亡せたまひにける 人かな。おのれも殿人にて参り仕うまつれども、近く召し使 ひたまふこともなく、いと気高くおはする殿なり。若き者ど ものこと仰せられたるは頼もしきことになん」など、よろこ ぶを見るにも、まして、おはせましかばと思ふに、臥しまろ びて泣かる。守も、今なんうち泣きける。  さるは、おはせし世には、なかなか、かかるたぐひの人し も、尋ねたまふべきにしもあらずかし。わが過ちにて失ひつ るもいとほし、慰めむ、と思すよりなむ、人の譏りねむごろ に尋ねじ、と思しける。 四十九日の法事を営む 匂宮・薫の心々 四十九日のわざなどせさせたまふにも、い かなりけんことにかはと思せば、とてもか くても罪うまじきことなれば、いと忍びて、 かの律師の寺にてなむせさせたまひける。六十僧の布施など、

おほきに掟てられたり。母君も来ゐて、事ども添へたり。宮 よりは、右近がもとに、白銀の壼に黄金入れて賜へり。人見 とがむばかりおほきなるわざはえしたまはず、右近が心ざし にてしたりければ、心知らぬ人は、 「いかでかくなむ」など 言ひける。殿の人ども、睦ましきかぎりあまた賜へり。 「あやしく。音もせざりつる人のはてを、かくあつかはせた まふ、誰ならむ」と、今おどろく人のみ多かるに、常陸守来 て、主がりをるなん、あやしと人々見ける。少将の子産ませ て、いかめしきことせさせむとまどひ、家の内になきものは 少なく、唐土新羅の飾をもしつべきに、限りあれば、いとあ やしかりけり。この御法事の、忍びたるやうに思したれど、 けはひこよなきを見るに、生きたらましかば、わが身を並ぶ べくもあらぬ人の御宿世なりけり、と思ふ。宮の上も誦経し たまひ、七僧の前の事もせさせたまひけり。今なむ、かかる 人持たまへりけりと、帝まで聞こしめして、おろかにもあら

ざりける人を、宮にかしこまりきこえて隠しおきたまへりけ るを、いとほしと思しける。  二人の人の御心の中、旧りず悲しく、あやにくなりし御思 ひのさかりにかき絶えては、いといみじけれど、あだなる御- 心は、慰むやなど試みたまふことも、やうやうありけり。か の殿は、かくとりもちて、何やかやと思して、残りの人をは ぐくませたまひても、なほ、言ふかひなきことを忘れがたく 思す。 薫、小宰相の君と思いをかわす 后の宮の、御軽服のほどはなほかくておは しますに、二の宮なむ式部卿になりたまひ にける。重々しうて、常にしも参りたまは ず。この宮は、さうざうしくものあはれなるままに、一品の 宮の御方を慰めどころにしたまふ。よき人の容貌をも、えま ほに見たまはぬ、残り多かり。大将殿の、からうじていと忍 びて語らひたまふ小宰相の君といふ人の、容貌などもきよげ

なり、心ばせある方の人と思されたり、同じ琴を掻き鳴らす 爪音、撥音も人にはまさり、文を書き、ものうち言ひたるも、 よしあるふしをなむ添へたりける。この宮も、年ごろ、いと いたきものにしたまひて、例の、言ひやぶりたまへど、など か、さしもめづらしげなくはあらむ、と心強くねたきさまな るを、まめ人は、すこし人よりことなり、と思すになんあり ける。かくもの思したるも見知りければ、忍びあまりて聞こ えたり。    「あはれ知る心は人におくれねど数ならぬ身にき   えつつぞふる かへたらば」と、ゆゑある紙に書きたり。ものあはれなる夕- 暮、しめやかなるほどを、いとよく推しはかりて言ひたるも、 にくからず。    「つねなしとここら世を見るうき身だに人の知るまで   嘆きやはする

このよろこび、あはれなりしをりからも、いとどなむ」
など 言ひに立ち寄りたまへり。いと恥づかしげにものものしげに て、なべてかやうになどもならしたまはぬ、人柄もやむごと なきに、いとものはかなき住まひなりかし、局などいひてせ ばくほどなき遣戸口に寄りゐたまへる、かたはらいたくおぼ ゆれど、さすがにあまり卑下してもあらで、いとよきほどに ものなども聞こゆ。 「見し人よりも、これは心にくき気添ひ てもあるかな。などてかく出で立ちけん。さるものにて、我 も置いたらましものを」と思す。人知れぬ筋はかけても見せ たまはず。 中宮の御八講 薫、女一の宮をかいま見る 蓮の花の盛りに、御八講せらる。六条院の 御ため、紫の上などみな思し分けつつ、御- 経仏など供養ぜさせたまひて、いかめしく 尊くなんありける。五巻の日などは、いみじき見物なりけれ ば、こなたかなた、女房につきつつ参りて、もの見る人多か

りけり。  五日といふ朝座にはてて、御堂の飾取りさけ、御しつらひ 改むるに、北の廂も障子ども放ちたりしかば、みな入り立ち てつくろふほど、西の渡殿に姫宮おはしましけり。もの聞き 困じて女房もおのおの局にありつつ、御前はいと人少ななる 夕暮に、大将殿直衣着かへて、今日まかづる僧の中に必ずの たまふべきことあるにより、釣殿の方におはしたるに、みな まかでぬれば、池の方に涼みたまひて、人少ななるに、かく いふ宰相の君など、かりそめに几帳などばかり立てて、うち やすむ上局にしたり。ここにやあらむ、人の衣の音すと思し て、馬道の方の障子の細く開きたるより、やをら見たまへば、 例、さやうの人のゐたるけはひには似ず、はればれしくしつ らひたれば、なかなか、几帳どもの立てちがへたるあはひよ り見通されて、あらはなり。氷を物の蓋に置きて割るとて、 もて騒ぐ人々、大人三人ばかり、童とゐたり。唐衣も汗衫も

着ず、みなうちとけたれば、御前とは見たまはぬに、白き薄- 物の御衣着たまへる人の、手に氷を持ちながら、かくあらそ ふをすこし笑みたまへる御顔、言はむ方なくうつくしげなり。 いと暑さのたへがたき日なれば、こちたき御髪の、苦しう思 さるるにやあらむ、すこしこなたになびかして引かれたるほ ど、たとへんものなし。ここらよき人を見集むれど、似るべ くもあらざりけり、とおぼゆ。御前なる人は、まことに土な どの心地ぞするを、思ひしづめて見れば、黄なる生絹の単衣、 薄色なる裳着たる人の、扇うち使ひたるなど、用意あらむは や、とふと見えて、 「なかなかものあつかひに、いと 苦しげなり。たださながら見たまへかし」とて、笑ひたる まみ愛敬づきたり。声聞くにぞ、この心ざしの人とは知り ぬる。  心づよく割りて、手ごとに持たり。頭にうち置き、胸にさ し当てなど、さまあしうする人もあるべし。こと人は紙に

包みて、御前にもかくてまゐらせたれど、いとうつくしき御- 手をさしやりたまひて、拭はせたまふ。 「いな、持たら じ。雫むつかし」とのたまふ。御声いとほのかに聞くも、限 りなくうれし。 「まだいと小さくおはしまししほどに、我も、 ものの心も知らで見たてまつりし時、めでたの児の御さまや、 と見たてまつりし。その後、たえてこの御けはひをだに聞か ざりつるものを、いかなる神仏のかかるをり見せたまへるな らむ。例の、安からずもの思はせむとするにやあらむ」と、 かつは静心なくてまもり立ちたるほどに、こなたの対の北面 に住みける下臈女房の、この障子は、とみのことにて、開け ながら下りにけるを思ひ出でて、人もこそ見つけて騒がるれ と思ひければ、まどひ入る。この直衣姿を見つくるに、誰な らん、と心騒ぎて、おのがさま見えんことも知らず、簀子よ りただ来に来れば、ふと立ち去りて、誰とも見えじ、すきず きしきやうなり、と思ひて隠れたまひぬ。

 このおもとは、 「いみじきわざかな。御几帳をさへあらは に引きなしてけるよ。右の大殿の君達ならん。うとき人、は た、ここまで来べきにもあらず。ものの聞こえあらば、誰か 障子は開けたりし、と必ず出で来なん。単衣も袴も、生絹な めりと見えつる人の御姿なれば、え人も聞きつけたまはぬな らんかし」と思ひ困じてをり。かの人は、 「やうやう聖にな りし心を、ひとふし違へそめて、さまざまなるもの思ふ人と もなるかな。その昔世を背きなましかば、今は深き山に住み はてて、かく心乱らましやは」など思しつづくるも、安から ず、 「などて、年ごろ、見たてまつらばや、と思ひつらん。 なかなか苦しうかひなかるべきわざにこそ」と思ふ。 薫、女一の宮と女二の宮とを比較して嘆く つとめて、起きたまへる女宮の御容貌いと をかしげなめるは、これより必ずまさるべ きことかは、と見えながら、 「さらに似た まはずこそありけれ。あさましきまであてにかをりえも言は

ざりし御さまかな。かたへは思ひなしか、をりからか」
と思 して、 「いと暑しや。これより薄き御衣奉れ。女は、例な らぬもの着たるこそ、時々につけてをかしけれ」とて、 「あ なたに参りて、大弐に、薄物の単衣の御衣縫ひてまゐれ、と 言へ」とのたまふ。御前なる人は、この御容貌のいみじきさ かりにおはしますを、もてはやしきこえたまふ、とをかしう 思へり。  例の、念誦したまふ。わが御方におはしましなどして、昼 つ方渡りたまへれば、のたまひつる御衣御几帳にうち懸けた り。 「何ぞ、こは奉らぬ。人多く見る時なむ、透きたるもの 着るはばうぞくにおぼゆる。ただ今はあへはべりなん」とて、 手づから着せたてまつりたまふ。御袴も昨日の同じく紅なり。 御髪の多さ、裾などは劣りたまはねど、なほさまざまなるに や、似るべくもあらず。氷召して、人々に割らせたまふ。取 りて一つ奉りなどしたまふ心の中もをかし。絵に描きて恋し

き人見る人はなくやはありける、ましてこれは、慰めむに似 げなからぬ御ほどぞかし、と思へど、昨日かやうにて、我ま じりゐ、心にまかせて見たてまつらましかば、とおぼゆるに、 心にもあらずうち嘆かれぬ。 「一品の宮に、御文は奉りた まふや」と聞こえたまへば、 「内裏にありし時、上の、 さのたまひしかば聞こえしかど、久しうさもあらず」とのた まふ。 「ただ人にならせたまひにたりとて、かれよりも聞 こえさせたまはぬにこそは、心憂かなれ。いま、大宮の御- 前にて、恨みきこえさせたまふ、と啓せん」とのたまふ。 「いかが恨みきこえん。うたて」とのたまへば、 「下- 衆になりにたりとて、思しおとすなめり、と見れば、おどろ かしきこえぬ、とこそは聞こえめ」とのたまふ。 薫、女一の宮を慕って中宮のもとにまいる その日は暮らして、またの朝に大宮に参り たまふ。例の、宮もおはしけり。丁子に深 く染めたる薄物の単衣をこまやかなる直衣

に着たまへる、いとこのましげなり。女の御身なりのめでた かりしにも劣らず、白くきよらにて、なほありしよりは面痩 せたまへる、いと見るかひあり。おぼえたまへり、と見るに も、まづ恋しきを、いとあるまじきこと、としづむるぞ、た だなりしよりは苦しき。絵をいと多く持たせて参りたまへり ける、女房してあなたにまゐらせたまひて、我も渡らせたま ひぬ。  大将も近く参りよりたまひて、御八講の尊くはべりしこと、 いにしへの御こと、すこし聞こえつつ、残りたる絵見たまふ ついでに、 「この里にものしたまふ皇女の、雲の上離れて 思ひ屈したまへるこそ、いとほしう見たまふれ。姫宮の御方 より御消息もはべらぬを、かく品定まりたまへるに思し棄て させたまへるやうに思ひて、心ゆかぬ気色のみはべるを、か やうのもの、時々ものせさせたまはなむ。なにがしがおろし て持てまからん、はた、見るかひもはべらじかし」と聞こえ

たまへば、 「あやしく。などてか棄てきこえたまはむ。内- 裏にては、近かりしにつきて、時々も聞こえ通ひたまふめり しを、所どころになりたまひしをりに、とだえそめたまへる にこそあらめ。いま、そそのかしきこえん。それよりもなど かは」と聞こえたまふ。 「かれよりはいかでかは。もとよ り数まへさせたまはざらむをも、かく親しくてさぶらふべき ゆかりに寄せて、思しめし数まへさせたまはんこそ、うれし くははべるべけれ。まして、さも聞こえ馴れたまひにけむを、 今棄てさせたまはんは、からきことにはべり」と啓したまふ を、すきばみたる気色あるかとは、思しかけざりけり。  立ち出でて、一夜の心ざしの人に逢はん、ありし渡殿も慰 めに見むかし、と思して、御前を歩み渡りて、西ざまにおは するを、御簾の内の人は心ことに用意す。げにいとさまよく、 限りなきもてなしにて、渡殿の方は、左の大殿の君たちなど ゐて、もの言ふけはひすれば、妻戸の前にゐたまひて、 「お

ほかたには参りながら、この御方の見参に入ること難くはべ れば、いとおぼえなく翁びはてにたる心地しはべるを、今よ りは、と思ひおこしはべりてなん。ありつかず、と若き人ど もぞ思ふらんかし」
と、甥の君達の方を見やりたまふ。 「今よりならはせたまふこそ、げに若くならせたまふならめ」 など、はかなきことを言ふ人々のけはひも、あやしうみやび かにをかしき御方のありさまにぞある。その事となけれど、 世の中の物語などしつつ、しめやかに、例よりはゐたまへり。 中宮、浮舟入水の真相を聞き驚愕する 姫宮は、あなたに渡らせたまひにけり。大- 宮、 「大将のそなたに参りつるは」と問ひ たまふ。御供に参りたる大納言の君、 「小- 宰相の君に、もののたまはんとにこそははべめりつれ」と聞 こゆれば、 「まめ人の、さすがに人に心とどめて物語する こそ、心地おくれたらむ人は苦しけれ。心のほども見ゆらん かし。小宰相などはいとうしろやすし」とのたまひて、御は

らからなれど、この君をばなほ恥づかしく、人も用意なくて 見えざらむかし、と思いたり。 「人よりは心寄せたま ひて、局などに立ち寄りたまふべし。物語こまやかにしたま ひて、夜更けて出でなどしたまふをりをりもはべれど、例の 目馴れたる筋にははべらぬにや。宮をこそ、いと情なくおは しますと思ひて、御答へをだに聞こえずはべるめれ。かたじ けなきこと」と言ひて笑へば、宮も笑はせたまひて、 「い と見苦しき御さまを、思ひ知るこそをかしけれ。いかでかか る御癖やめたてまつらん。恥づかしや、この人々も」とのた まふ。   「いとあやしきことをこそ聞きはべりしか。この大- 将の亡くなしたまひてし人は、宮の御二条の北の方の御おと うとなりけり。異腹なるべし、常陸前守なにがしが妻は、叔- 母とも母とも言ひはべるなるは、いかなるにか。その女君に、 宮こそ、いと忍びておはしましけれ。大将殿や聞きつけたま

ひたりけむ、にはかに迎へたまはんとて、守りめ添へなど、 ことごとしくしたまひけるほどに、宮も、いと忍びておはし ましながら、え入らせたまはず、あやしきさまに御馬ながら 立たせたまひつつぞ、帰らせたまひける。女も宮を思ひきこ えさせけるにや、にはかに消え失せにけるを、身投げたるな めりとてこそ、乳母などやうの人どもは、泣きまどひはべり けれ」
と聞こゆ。宮も、いとあさまし、と思して、 「誰か さることは言ふとよ。いといとほしく心憂きことかな。さば かりめづらかならむことは、おのづから聞こえありぬべきを。 大将もさやうには言はで、世の中のはかなくいみじきこと、 かく宇治の宮の族の命短かりけることをこそ、いみじう悲し と思ひてのたまひしか」とのたまふ。 「いさや、下衆 はたしかならぬことをも言ひはべるものをと思ひはべれど、 かしこにはべりける下童の、ただこのごろ、宰相が里に出で まうできて、たしかなるやうにこそ言ひはべりけれ。かくあ

やしうて失せたまへること、人に聞かせじ、おどろおどろし くおぞきやうなりとて、いみじく隠しけることどもとや。さ てくはしくは聞かせたてまつらぬにやありけん」
と聞こゆれ ば、 「さらに、かかること、また、まねぶな、と言はせよ。 かかる筋に、御身をももてそこなひ、人に軽く心づきなきも のに思はれたまふべきなめり」といみじう思いたり。 薫の女一の宮思慕と、わが半生の回顧 その後、姫宮の御方より、二の宮に御消息 ありけり。御手などのいみじううつくしげ なるを見るにもいとうれしく、かくてこそ、 とく見るべかりけれ、と思す。あまたをかしき絵ども多く、 大宮も奉らせたまへり。大将殿、うちまさりてをかしきども 集めて、まゐらせたまふ。芹川の大将のとほ君の、女一の宮 思ひかけたる秋の夕暮に、思ひわびて出でて行きたる絵をか しう描きたるを、いとよく思ひ寄せらるかし。かばかり思し なびく人のあらましかば、と思ふ身ぞ口惜しき。

   荻の葉に露ふきむすぶ秋風もゆふべぞわきて身にはし   みける と書きても添へまほしく思せど、さやうなるつゆばかりの気- 色にても漏りたらば、いとわづらはしげなる世なれば、はか なきことも、えほのめかし出づまじ。かくよろづに何やかや と、ものを思ひのはては、 「昔の人ものしたまはましかば、 いかにもいかにも外ざまに心を分けましや。時の帝の御むす めを賜ふとも、えたてまつらざらまし。また、さ思ふ人あり と聞こしめしながらは、かかる事もなからましを、なほ心憂 く、わが心乱りたまひける橋姫かな」と思ひあまりては、ま た宮の上にとりかかりて、恋しうもつらくも、わりなきこと ぞ、をこがましきまで悔しき。これに思ひわびてさしつぎに は、あさましくて亡せにし人の、いと心幼く、とどこほると ころなかりける軽々しさをば思ひながら、さすがにいみじと、 ものを思ひ入りけんほど、わが気色例ならずと、心の鬼に嘆

き沈みてゐたりけんありさまを聞きたまひしも、思ひ出でら れつつ、重りかなる方ならで、ただ心やすくらうたき語らひ 人にてあらせむ、と思ひしには、いとらうたかりし人を。思 ひもていけば、宮をも思ひきこえじ、女をもうしと思はじ、 ただわがありさまの世づかぬ怠りぞなど、ながめ入りたまふ 時々多かり。 匂宮、侍従を呼んで語らう 侍従中宮に出仕 心のどかにさまよくおはする人だに、かか る筋には身も苦しきことおのづからまじる を、宮は、まして、慰めかねたまひつつ、 かの形見に、飽かぬ悲しさをものたまひ出づべき人さへなき を、対の御方ばかりこそは、 「あはれ」などのたまへど、深 くも見馴れたまはざりけるうちつけの睦びなれば、いと深く しもいかでかはあらむ。また、思すままに、恋しや、いみじ やなどのたまはんにはかたはらいたければ、かしこにありし 侍従をぞ、例の、迎へさせたまひける。

 皆人どもは行き散りて、乳母とこの人二人なん、とりわき て思したりしも忘れがたくて、侍従はよそ人なれど、なほ語 らひてあり経るに、世づかぬ川の音も、うれしき瀬もやある、 と頼みしほどこそ慰めけれ、心憂くいみじくもの恐ろしくの みおぼえて、京になん、あやしき所に、このごろ来てゐたり ける。  尋ね出でたまひて、「かくてさぶらへ」とのたまへど、 御心はさるものにて、人々の言はむことも、さる筋のことま じりぬるあたりは聞きにくきこともあらむ、と思へば、承 け引ききこえず、后の宮に参らむとなんおもむけたれば、 「いとよかなり。さて人知れず思しつかはん」とのたまは せけり。心細くよるべなきも慰むやとて、知るたより求めて 参りぬ。きたなげなくてよろしき下臈なり、とゆるして、人 も譏らず。大将殿も常に参りたまふを、見るたびごとに、も ののみあはれなり。いとやむごとなきものの姫君のみ多く参

り集ひたる宮、と人も言ふを、やうやう目とどめて見れど、 なほ見たてまつりし人に似たるはなかりけり、と思ひありく。 宮の君、女一の宮に出仕 匂宮、懸想する この春亡せたまひぬる式部卿宮の御むすめ を、継母の北の方ことにあひ思はで、兄の 馬頭にて人柄もことなることなき心かけた るを、いとほしうなども思ひたらで、さるべきさまになん契 る、と聞こしめすたよりありて、 「いとほしう。父宮のい みじくかしづきたまひける女君を、いたづらなるやうにもて なさんこと」などのたまはせければ、いと心細くのみ思ひ嘆 きたまふありさまにて、 「なつかしう、かく尋ねのたまはす るを」など御兄の侍従も言ひて、このごろ迎へとらせたまひ てけり。姫宮の御具にて、いとこよなからぬ御ほどの人なれ ば、やむごとなく心ことにてさぶらひたまふ。限りあれば、 宮の君などうち言ひて、裳ばかりひき懸けたまふぞ、いとあ はれなりける。

 兵部卿宮、この君ばかりや、恋しき人に思ひよそへつべき さましたらむ、父親王は兄弟ぞかしなど、例の御心は、人を 恋ひたまふにつけても、人ゆかしき御癖やまで、いつしかと 御心かけたまひてけり。大将、 「もどかしきまでもあるわざ かな。昨日今日といふばかり、春宮にやなど思し、我にも気- 色ばませたまひきかし。かくはかなき世の衰へを見るには、 水の底に身を沈めても、もどかしからぬわざにこそ」など思 ひつつ、人よりは心寄せきこえたまへり。  この院におはしますをば、内裏よりも広くおもしろく住み よきものにして、常にしもさぶらはぬ人どもも、みなうちと け住みつつ、はるばると多かる対ども、廊、渡殿に満ちたり。 左大臣殿、昔の御けはひにも劣らず、すべて限りもなく営み 仕うまつりたまふ。いかめしうなりにたる御族なれば、なか なかいにしへよりもいまめかしきことはまさりてさへなむあ りける。この宮、例の御心ならば、月ごろのほどに、いかな

るすき事どもをし出でたまはまし、こよなくしづまりたまひ て、人目にはすこし生ひなほりしたまふかなと見ゆるを、こ のごろぞ、また、宮の君に本性あらはれてかかづらひ歩きた まひける。 六条院の秋 薫、女房らと戯れる 涼しくなりぬとて、宮、内裏に参らせたま ひなんとすれば、 「秋の盛り、紅葉のころ を見ざらんこそ」など、若き人々は口惜し がりて、みな参り集ひたるころなり。水に馴れ月をめでて御- 遊び絶えず、常よりもいまめかしければ、この宮ぞ、かかる 筋はいとこよなくもてはやしたまふ。朝夕目馴れても、なほ 今見む初花のさましたまへるに、大将の君は、いとさしも入 り立ちなどしたまはぬほどにて、恥づかしう心ゆるびなきも のにみな思ひたり。例の、二ところ参りたまひて、御前にお はするほどに、かの侍従は、ものよりのぞきたてまつるに、 「いづ方にもいづ方にもよりて、めでたき御宿世見えたるさ

まにて、世にぞおはせましかし。あさましくはかなく心憂か りける御心かな」
など、人には、そのわたりのことかけて知 り顔にも言はぬことなれば、心ひとつに飽かず胸いたく思ふ。 宮は、内裏の御物語などこまやかに聞こえさせたまへば、い ま一ところは立ち出でたまふ。見つけられたてまつらじ、し ばし、御はてをも過ぐさず 心浅しと見えたてまつらじ、 と思へば隠れぬ。  東の渡殿に、開きあひたる 戸口に人々あまたゐて、 物語など忍びやかにする所 におはして、 「なにがし をぞ、女房は睦ましく思す べきや。女だにかく心やす くはあらじかし。さすがに

さるべからんこと、教へきこえぬべくもあり。やうやう見知 りたまふべかめれば、いとなんうれしき」
とのたまへば、い と答へにくくのみ思ふ中に、弁のおもととて馴れたる大人、 「そも睦ましく思ひきこゆべきゆゑなき人の、恥ぢきこえは べらぬにや。ものはさこそは、なかなかはべるめれ。必ずそ のゆゑ尋ねて、うちとけ御覧ぜらるるにしもはべらねど、か ばかりおもなくつくりそめてける身に負はざらんも、かたは らいたくてなむ」と聞こゆれば、 「恥づべきゆゑあらじ、 と思ひさだめたまひてけるこそ口惜しけれ」などのたまひ つつ見れば、唐衣は脱ぎすべし押しやり、うちとけて手習し けるなるべし、硯の蓋に据ゑて、心もとなき花の末々手折り て、もてあそびけりと見ゆ。かたへは几帳のあるにすべり隠 れ、あるはうち背き、押し開けたる戸の方に、紛らはしつつ ゐたる、頭つきどももをかし、と見わたしたまひて、硯ひき 寄せて、

   「をみなへし乱るる野辺にまじるともつゆのあだ名を   われにかけめや 心やすくは思さで」と、ただこの障子にうしろしたる人に見 せたまへば、うちみじろきなどもせず、のどやかに、いとと く、    花といヘば名こそあだなれをみなヘしなべて   の露に乱れやはする と書きたる手、ただかたそばなれどよしづきて、おほかため やすければ、誰ならむ、と見たまふ。今参うのぼりける道に、 ふたげられてとどこほりゐたるなるべし、と見ゆ。弁のおも とは、 「いとけざやかなる翁言、憎くはべり」とて、 「旅寝してなほこころみよをみなヘしさかりの色にうつ   りうつらず さて後さだめきこえさせん」と言ヘば、    宿かさばひと夜はねなんおほかたの花にうつらぬ心な

  りとも
とあれば、 「何か、辱づかしめさせたまふ。おほかた の野辺のさかしらをこそ聞こえさすれ」と言ふ。はかなきこ とをただすこしのたまふも、人は残り聞かまほしくのみ思ひ きこえたり。 「心なし。道あけはべりなんよ。わきても、 かの御もの恥のゆゑ、必ずありぬべきをりにぞあめる」とて、 立ち出でたまヘば、おしなべてかく残りなからむ、と思ひや りたまふこそ心憂けれ、と思ヘる人もあり。 薫、女房らへの感想につけて中の君を偲ぶ 東の高欄におしかかりて、夕影になるま まに、花のひもとく御前の草むらを見わた したまふ。もののみあはれなるに、 「中 に就いて腸断ゆるは秋の天」といふことを、いと忍びやか に誦じつつゐたまヘり。ありつる衣の音なひしるきけはひし て、母屋の御障子より通りて、あなたに入るなり。宮の歩み おはして、 「これよりあなたに参りつるは誰そ」と問ひた

まヘば、 「かの御方の中将の君」と聞こゆなり。なほ、あ やしのわざや、誰にかと、かりそめにもうち思ふ人に、やが てかくゆかしげなく聞こゆる名ざしよ、といとほしく、この 宮には、みな目馴れてのみおぼえたてまつるべかめるも口惜 し。 「おりたちてあながちなる御もてなしに、女は、さもこ そ負けたてまつらめ。わが、さも、口惜しう、この御ゆかり には、ねたく心憂くのみあるかな。いかで、このわたりにも、 めづらしからむ人の、例の心入れて騒ぎたまはんを語らひと りて、わが思ひしやうに、やすからずとだにも思はせたてま つらん。まことに心ばせあらむ人は、わが方にぞ寄るべきや。 されど難いものかな、人の心は、と思ふにつけて、対の御方 の、かの御ありさまをば、ふさはしからぬものに思ひきこえ て、いと便なき睦びになりゆく、おほかたのおぼえをば苦し と思ひながら、なほさし放ちがたきものに思し知りたるぞ、 あり難くあはれなりける。さやうなる心ばせある人、ここら

の中にあらむや。入りたちて深く見ねば知らぬぞかし。寝ざ めがちにつれづれなるを、すこしはすきもならはばや」
など 思ふに、今はなほつきなし。 薫、女一の宮を想いつつわが宿世を思う 例の、西の渡殿を、ありしにならひて、わ ざとおはしたるもあやし。姫宮、夜はあな たに渡らせたまひければ、人々月見るとて、 この渡殿にうちとけて物語するほどなりけり。箏の琴いとな つかしう弾きすさむ爪音をかしう聞こゆ。思ひかけぬに寄り おはして、 「など、かくねたまし顔に掻き鳴らしたまふ」 とのたまふに、みなおどろかるべかめれど、すこしあげたる 簾うちおろしなどもせず、起き上りて、 「似るべき兄やはは べるべき」と答ふる声、中将のおもととか言ひつるなりけり。 「まろこそ御母方のをぢなれ」と、はかなきことをのたま ひて、 「例の、あなたにおはしますべかめりな。何わざを かこの御里住みのほどにせさせたまふ」など、あぢきなく問

ひたまふ。 「いづくにても、何ごとをかは。ただ、 かやうにてこそは過ぐさせたまふめれ」と言ふに、をかしの 御身のほどや、と思ふに、すずろなる嘆きのうち忘れてしつ るも、あやしと思ひ寄る人もこそ、と紛らはしに、さし出で たる和琴を、ただ、さながら掻き鳴らしたまふ。律の調べは、 あやしくをりにあふと聞こゆる声なれば、聞きにくくもあら ねど、弾きはてたまはぬを、なかなかなりと心入れたる人は 消えかヘり思ふ。 「わが母宮も劣りたまふべき人かは。后腹 と聞こゆばかりの隔てこそあれ、帝々の思しかしづきたるさ ま、異事ならざりけるを。なほ、この御あたりはいとことな りけるこそあやしけれ。明石の浦は心にくかりける所かな」 など思ひつづくることどもに、わが宿世はいとやむごとなし かし、まして、並べて持ちたてまつらば、と思ふぞいと難 きや。 薫、宮の君を訪い、世間の無常を思う

宮の君は、この西の対にぞ御方したりける。 若き人々のけはひあまたして、月めであヘ り。いで、あはれ、これもまた同じ人ぞか し、と思ひ出できこえて、親王の、昔心寄せたまひしものを、 と言ひなして、そなたヘおはしぬ。童のをかしき宿直姿にて、 二三人出でて歩きなどしけり。見つけて入るさまどももかか やかし。これぞ世の常と思ふ。南面の隅の間に寄りてうち声 づくりたまへば、すこし大人びたる人出で来たり。 「人知 れぬ心寄せなど聞こえさせはべれば、なかなか、皆人聞こえ させふるしつらむことを、うひうひしきさまにて、まねぶや うになりはべり。まめやかになむ、言より外を求められはべ る」とのたまへば、君にも言ひ伝ヘず、さかしだちて、 「いと思ほしかけざりし御ありさまにつけても、故宮の思ひ きこえさせたまヘりしことなど、思ひたまヘ出でられてなむ。 かくのみ、をりをり聞こえさせたまふなる御後言をも、よろ

こびきこえたまふめる」
と言ふ。並々の人めきて心地なのさ まや、とものうければ、 「もとより思し棄つまじき筋より も、今は、まして、さるべきことにつけても、思ほし尋ねん なんうれしかるべき。うとうとしう、人づてなどにてもてな させたまはば、えこそ」とのたまふに、げに、と思ひ騒ぎて、 君をひき揺がすめれば、 「松も昔の、とのみながめらる るにも、もとより、などのたまふ筋は、まめやかに頼もしう こそは」と、人づてともなく言ひなしたまヘる声、いと若や かに愛敬づき、やさしきところ添ひたり。ただ、なべてのか かる住み処の人と思はば、いとをかしかるべきを、ただ今は、 いかで、かばかりも、人に声聞かすべきものとならひたまひ けん、となまうしろめたし。容貌もいとなまめかしからむか しと、見まほしきけはひのしたるを、この人ぞ、また、例の、 かの御心乱るべきつまなめると、をかしうも、あり難の世や とも思ひゐたまヘり。 薫、宇治のゆかりを回想しわが人生を詠嘆

「これこそは、限りなき人のかしづき生ほ したてたまヘる姫君、また、かばかりぞ多 くはあるべき。あやしかりけることは、さ る聖の御あたりに、山のふところより出で来たる人々の、か たほなるはなかりけるこそ。この、はかなしや、軽々しやな ど思ひなす人も、かやうのうち見る気色は、いみじうこそを かしかりしか」と、何ごとにつけても、ただかの一つゆかり をぞ思ひ出でたまひける。あやしうつらかりける契りどもを、 つくづくと思ひつづけながめたまふ夕暮、蜻蛉のものはかな げに飛びちがふを、    「ありと見て手にはとられず見ればまたゆくヘもしら   ず消えしかげろふ あるかなきかの」と、例の、独りごちたまふとかや。
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