源氏物語

紫の上病重く、出家の志も遂げえず

The Rites

紫の上、いたうわづらひたまひし御心地の 後、いとあつしくなりたまひて、そこはか となく悩みわたりたまふこと久しくなりぬ。 いとおどろおどろしうはあらねど、年月重なれば、頼もしげ なく、いとどあえかになりまさりたまへるを、院の思ほし嘆 くこと限りなし。しばしにても後れきこえたまはむことをば いみじかるべく思し、みづからの御心地には、この世に飽か ぬことなく、うしろめたき絆だにまじらぬ御身なれば、あな がちにかけとどめまほしき御命とも思されぬを、年ごろの御- 契りかけ離れ、思ひ嘆かせたてまつらむことのみぞ、人知れ ぬ御心の中にもものあはれに思されける。後の世のためにと、 尊き事どもを多くせさせたまひつつ、いかでなほ本意あるさ

まになりて、しばしもかかづらはむ命のほどは行ひを紛れな くと、たゆみなく思しのたまへど、さらにゆるしきこえたま はず。さるは、わが御心にも、しか思しそめたる筋なれば、 かくねむごろに思ひたまへるついでにもよほされて同じ道に も入りなんと思せど、一たび家を出でたまひなば、仮にもこ の世をかへりみんとは思しおきてず。後の世には、同じ蓮の 座をも分けんと契りかはしきこえたまひて、頼みをかけたま ふ御仲なれど、ここながら勤めたまはんほどは、同じ山なり とも、峰を隔ててあひ見たてまつらぬ住み処にかけ離れなん ことをのみ思しまうけたるに、かくいと頼もしげなきさまに 悩みあついたまへば、いと心苦しき御ありさまを、今はと行 き離れんきざみには棄てがたく、なかなか山水の住み処濁り ぬべく、思しとどこほるほどに、ただうちあさへたる思ひの ままの道心起こす人々には、こよなう後れたまひぬべかめり。 御ゆるしなくて、心ひとつに思し立たむも、さまあしく本意

なきやうなれば、この事によりてぞ、女君は恨めしく思ひき こえたまひける。わが御身をも、罪軽かるまじきにやと、う しろめたく思されけり。 紫の上、法華経千部供養を二条院で行なう 年ごろ、私の御願にて書かせたてまつりた まひける法華経千部、急ぎて供養じたまふ。 わが御殿と思す二条院にてぞしたまひける。 七僧の法服など品々賜はす。物の色、縫目よりはじめて、き よらなること限りなし。おほかた、何ごとも、いといかめし きわざどもをせられたり。ことごとしきさまにも聞こえたま はざりければ、くはしき事どもも知らせたまはざりけるに、 女の御おきてにてはいたり深く、仏の道にさへ通ひたまひけ る御心のほどなどを、院はいと限りなしと見たてまつりたま ひて、ただおほかたの御しつらひ、何かの事ばかりをなん営 ませたまひける。楽人舞人などのことは、大将の君、とりわ きて仕うまつりたまふ。

 内裏、春宮、后の宮たちをはじめたてまつりて、御方々、 ここかしこに御誦経捧物などばかりのことをうちしたまふ だにところせきに、まして、そのころ、この御いそぎを仕う まつらぬ所なければ、いとこちたき事どもあり。「いつのほ どに、いとかくいろいろ思しまうけけん。げに、石上の世々 経たる御願にや」とぞ見えたる。花散里と聞こえし御方、明- 石なども渡りたまへり。 南東の戸を開けておはします。寝- 殿の西の塗籠なりけり。北の廂に、方々の御局どもは、障子 ばかりを隔てつつしたり。  三月の十日なれば、花盛りにて、空のけしきなどもうらら かにものおもしろく、仏のおはすなる所のありさま遠からず 思ひやられて、ことなる深き心もなき人さへ罪を失ひつべし。 薪こる讚嘆の声も、そこら集ひたる響き、おどろおどろしき を、うち休みて静まりたるほどだにあはれに思さるるを、ま して、このころとなりては、何ごとにつけても心細くのみ思

し知る。明石の御方に、三の宮して聞こえたまへる。   惜しからぬこの身ながらもかぎりとて薪尽きなん   ことの悲しさ 御返り、心細き筋は後の聞こえも心おくれたるわざにや、そ こはかとなくぞあめる。   薪こるおもひはけふをはじめにてこの世にねがふ   法ぞはるけき  夜もすがら、尊きことにうちあはせたる鼓の声絶えずおも しろし。ほのぼのと明けゆく朝ぼらけ、霞の間より見えたる 花のいろいろ、なほ春に心 とまりぬべくにほひわたり て、百千鳥の囀も笛の音に 劣らぬ心地して、もののあ はれもおもしろさも残らぬ ほどに、陵王の舞ひて急に

なるほどの末つ方の楽、はなやかににぎははしく聞こゆるに、 皆人の脱ぎかけたる物のいろいろなども、もののをりからに をかしうのみ見ゆ。親王たち上達部の中にも、物の上手ども、 手残さず遊びたまふ。上下心地よげに、興ある気色どもなる を見たまふにも、残り少なしと身を思したる御心の中には、 よろづの事あはれにおぼえたまふ。 紫の上死期の近きを感じ、名残りを惜しむ 昨日、例ならず起きゐたまへりしなごりに や、いと苦しうて臥したまへり。年ごろか かる物のをりごとに、参り集ひ遊びたまふ 人々の御容貌ありさまの、おのがじし才ども、琴笛の音を も、今日や見聞きたまふべきとぢめなるらむ、とのみ思さる れば、さしも目とまるまじき人の顔どもも、あはれに見えわ たされたまふ。まして、夏冬の時につけたる遊び戯れにも、 なまいどましき下の心はおのづから立ちまじりもすらめど、 さすがに情をかはしたまふ方々は、誰も久しくとまるべき世

にはあらざなれど、まづ我独り行く方知らずなりなむを思し つづくる、いみじうあはれなり。  事はてて、おのがじし帰りたまひなんとするも、遠き別れ めきて惜しまる。花散里の御方に、   絶えぬべきみのりながらぞ頼まるる世々にと結ぶ   中の契りを 御返り、   結びおくちぎりは絶えじおほかたの残りすくなき   みのりなりとも やがて、このついでに、不断の読経懺法など、たゆみなく尊 き事どもをせさせたまふ。御修法は、ことなる験も見えでほ ど経ぬれば、例の事になりて、うちはへさるべき所どころ寺- 寺にてぞせさせたまひける。 紫の上、見舞いのため退出の中宮と対面

夏になりては、例の暑さにさへ、いとど消 え入りたまひぬべきをりをり多かり。その 事と、おどろおどろしからぬ御心地なれど、 ただいと弱きさまになりたまへば、むつかしげにところせく 悩みたまふこともなし。さぶらふ人々も、いかにおはしまさ むとするにかと思ひよるにも、まづかきくらし、あたらしう 悲しき御ありさまと見たてまつる。  かくのみおはすれば、中宮この院にまかでさせたまふ。 東の対におはしますべければ、こなたに、はた、待ちきこ えたまふ。儀式など例に変らねど、この世のありさまを見は てずなりぬるなどのみ思せば、よろづにつけてものあはれな り。名対面を聞きたまふにも、その人かの人など、耳とどめ て聞かれたまふ。上達部などいと多く仕うまつりたまへり。  久しき御対面のとだえをめづらしく思して、御物語こまや かに聞こえたまふ。院入りたまひて、 「今宵は巣離れたる

心地して、無徳なりや。まかりてやすみはべらん」
とて渡り たまひぬ。起きゐたまへるをいとうれしと思したるも、いと はかなきほどの御慰めなり。 「方々におはしましては、 あなたに渡らせたまはんもかたじけなし。参らむこと、はた、 わりなくなりにてはべれば」とて、しばしはこなたにおはす れば、明石の御方も渡りたまひて、心深げに静まりたる御物- 語ども聞こえかはしたまふ。  上は、御心の中に思しめぐらすこと多かれど、さかしげに、 亡からむ後などのたまひ出づることもなし。ただなべての世 の常なきありさまを、おほどかに言少ななるものから、あさ はかにはあらずのたまひなしたるけはひなどぞ、言に出でた らんよりもあはれに、もの心細き御けしきはしるう見えける。 宮たちを見たてまつりたまうても、 「おのおのの御行く 末をゆかしく思ひきこえけるこそ、かくはかなかりける身を 惜しむ心のまじりけるにや」とて涙ぐみたまへる、御顔のに

ほひ、いみじうをかしげなり。などかうのみ思したらん、と 思すに、中宮うち泣きたまひぬ。ゆゆしげになどは聞こえな したまはず、もののついでなどにぞ、年ごろ仕うまつり馴れ たる人々の、ことなる寄るべなういとほしげなるこの人かの 人、 「はべらずなりなん後に、御心とどめて尋ね思ほせ」 などばかり聞こえたまひける。御読経などによりてぞ、例の わが御方に渡りたまふ。 紫の上、二条院を匂宮に譲り、遺言する 三の宮は、あまたの御中に、いとをかしげ にて歩きたまふを、御心地の隙には前に据 ゑたてまつりたまひて、人の聞かぬ間に、 「まろがはべらざらむに、思し出でなんや」と聞こえた まへば、 「いと恋しかりなむ。まろは、内裏の上よりも宮 よりも、母をこそまさりて思ひきこゆれば、おはせずは心地 むつかしかりなむ」とて、目おしすりて紛らはしたまへるさ まをかしければ、ほほ笑みながら涙は落ちぬ。

「大人になりたまひなば、ここに住みたまひて、この 対の前なる紅梅と桜とは、花のをりをりに心とどめてもて遊 びたまへ。さるべからむをりは、仏にも奉りたまへ」と聞こ えたまへば、うちうなづきて、御顔をまもりて、涙の落つべ かめれば立ちておはしぬ。とり分きて生ほしたてたてまつり たまへれば、この宮と姫宮とをぞ、見さしきこえたまはんこ と、口惜しくあはれに思されける。 紫の上、源氏・中宮と決別ののち死去する 秋待ちつけて、世の中すこし涼しくなりて は御心地もいささかさはやぐやうなれど、 なほともすればかごとがまし。さるは身に しむばかり思さるべき秋風ならねど、露けきをりがちにて過 ぐしたまふ。  中宮は参りたまひなんとするを、 「いましばしは御覧ぜ よ」とも聞こえまほしう思せども、さかしきやうにもあり、 内裏の御使の隙なきもわづらはしければ、さも聞こえたまは

ぬに、あなたにもえ渡りたまはねば、宮ぞ渡りたまひける。 かたはらいたけれど、げに見たてまつらぬもかひなしとて、 こなたに御しつらひをことにせさせたまふ。  こよなう痩せ細りたまへれど、かくてこそ、あてになまめ かしきことの限りなさもまさりてめでたかりけれと、来し方 あまりにほひ多くあざあざとおはせしさかりは、なかなかこ の世の花のかをりにもよそへられたまひしを、限りもなくら うたげにをかしげなる御さまにて、いとかりそめに世を思ひ たまへる気色、似るものなく心苦しく、すずろにもの悲し。  風すごく吹き出でたる夕暮に、前栽見たまふとて、脇息に よりゐたまへるを、院渡りて見たてまつりたまひて、 「今- 日は、いとよく起きゐたまふめるは。この御前にては、こよ なく御心もはればれしげなめりかし」と聞こえたまふ。かば かりの隙あるをもいとうれしと思ひきこえたまへる御気色を 見たまふも心苦しく、つひにいかに思し騒がんと思ふに、あ

はれなれば、   おくと見るほどぞはかなきともすれば風にみだる   る萩のうは露 げにぞ、折れかへりとまるべうもあらぬ、よそへられたる。 をりさへ忍びがたきを、見出だしたまひても、   ややもせば消えをあらそふ露の世におくれ先だつほ   ど経ずもがな とて、御涙を払ひあへたまはず。宮、    秋風にしばしとまらぬつゆの世をたれか草葉の   うへとのみ見ん と聞こえかはしたまふ御容貌どもあらまほしく、見るかひあ るにつけても、かくて千年を過ぐすわざもがな、と思さるれ ど、心にかなはぬことなれば、かけとめん方なきぞ悲しかり ける。   「今は渡らせたまひね。乱り心地いと苦しくなりはべ

りぬ。言ふかひなくなりにけるほどといひながら、いとなめ げにはべりや」
とて、御几帳ひき寄せて臥したまへるさまの、 常よりもいと頼もしげなく見えたまへば、 「いかに思さるる にか」とて、宮は御手をとらへたてまつりて泣く泣く見たて まつりたまふに、まことに消えゆく露の心地して限りに見え たまへば、御誦経の使ども数も知らずたち騒ぎたり。さきざ きもかくて生き出でたまふをりにならひたまひて、御物の怪 と疑ひたまひて、夜一夜さまざまの事をし尽くさせたまへど、 かひもなく、明けはつるほどに消えはてたまひぬ。 源氏、夕霧に、紫の上落飾の事をはかる 宮も、帰りたまはで、かくて見たてまつり たまへるを、限りなく思す。誰も誰も、こ とわりの別れにてたぐひあることとも思さ れず、めづらかにいみじく、明けぐれの夢にまどひたまふほ ど、さらなりや。さかしき人おはせざりけり。さぶらふ女房 なども、あるかぎり、さらにもの覚えたるなし。院は、まし

て、思ししづめん方なければ、大将の君近く参りたまへるを 御几帳のもとに呼び寄せたてまつりたまひて、 「かく今は 限りのさまなめるを。年ごろの本意ありて思ひつること、か かるきざみにその思ひ違へてやみなんがいといとほしきを。 御加持にさぶらふ大徳たち読経の僧なども、みな声やめて出 でぬなるを、さりとも、立ちとまりてものすべきもあらむ。 この世にはむなしき心地するを、仏の御しるし、今はかの冥 き途のとぶらひにだに頼み申すべきを、かしらおろすべきよ しものしたまへ。さるべき僧、誰かとまりたる」などのたま ふ御気色、心強く思しなすべかめれど、御顔の色もあらぬさ まに、いみじくたへかね御涙のとまらぬを、ことわりに悲し く見たてまつりたまふ。 「御物の怪などの、これも、人の御心乱らんとて、かく のみものははべめるを、さもやおはしますらん。さらば、と てもかくても、御本意のことはよろしき事にはべなり。一日

一夜忌むことの験こそは、むなしからずははべるなれ、まこ とに言ふかひなくなりはてさせたまひて後の御髪ばかりをや つさせたまひても、ことなるかの世の御光ともならせたまは ざらんものから、目の前の悲しびのみまさるやうにて、いか がはべるべからむ」
と申したまひて、御忌に籠りさぶらふべ き心ざしありてまかでぬ僧、その人かの人など召して、さる べき事ども、この君ぞ行ひたまふ。 夕霧・源氏ともに紫の上の死顔に見入る 年ごろ何やかやと、おほけなき心はなかり しかど、 「いかならん世にありしばかりも 見たてまつらん。ほのかにも御声をだに聞 かぬこと」など、心にも離れず思ひわたりつるものを、 「声 はつひに聞かせたまはずなりぬるにこそはあめれ、むなしき 御骸にても、いま一たび見たてまつらんの心ざしかなふべき をりは、ただ今より外にいかでかあらむ」と思ふに、つつみ もあへず泣かれて、女房のあるかぎり騒ぎまどふを、 「あ

なかま、しばし」
としづめ顔にて、御几帳の帷子をもののた まふ紛れにひき上げて見たまへば、ほのぼのと明けゆく光も おぼつかなければ、大殿油を近くかかげて見たてまつりたま ふに、飽かずうつくしげにめでたうきよらに見ゆる御顔のあ たらしさに、この君のかくのぞきたまふを見る見るも、あな がちに隠さんの御心も思されぬなめり。 「かく何ごともまだ変らぬけしきながら、限りのさまは しるかりけるこそ」とて、御袖を顔におし当てたまへるほど、 大将の君も、涙にくれて目も見えたまはぬを強ひてしぼりあ けて見たてまつるに、なかなか飽かず悲しきことたぐひなき に、まことに心まどひもしぬべし。御髪のただうちやられた まへるほど、こちたくけうらにて、つゆばかり乱れたるけし きもなう、つやつやとうつくしげなるさまぞ限りなき。灯の いと明かきに、御色はいと白く光るやうにて、とかくうち紛 らはすことありし現の御もてなしよりも、言ふかひなきさま

に何心なくて臥したまへる御ありさまの、飽かぬところなし、 と言はんもさらなりや。なのめにだにあらず、たぐひなきを 見たてまつるに、死に入る魂のやがてこの御骸にとまらなむ、 と思ほゆるも、わりなきことなりや。  仕うまつり馴れたる女房などのものおぼゆるもなければ、 院ぞ、何ごとも思し分かれず思さるる御心地をあながちに静 めたまひて、限りの御事どもしたまふ。いにしへも、悲しと 思す事もあまた見たまひし御身なれど、いとかうおり立ちて はまだ知りたまはざりけることを、すべて来し方行く先たぐ ひなき心地したまふ。 即日葬儀を行なう 源氏出家を決意する やがて、その日、とかくをさめたてまつる。 限りありける事なれば、骸を見つつもえ過 ぐしたまふまじかりけるぞ、心憂き世の中 なりける。はるばると広き野の所もなく立ちこみて、限りな くいかめしき作法なれど、いとはかなき煙にてはかなくのぼ

りたまひぬるも、例のことなれどあへなくいみじ。空を歩む 心地して、人にかかりてぞおはしましけるを、見たてまつる 人も、さばかりいつかしき御身をと、ものの心知らぬ下衆さ へ泣かぬなかりけり。御送りの女房は、まして夢路にまどふ 心地して、車よりもまろび落ちぬべきをぞ、もてあつかひ ける。  昔、大将の君の御母君亡せたまへりし時の暁を思ひ出づる にも、かれはなほものの覚えけるにや、月の顔の明らかにお ぼえしを、今宵はただくれまどひたまへり。十四日に亡せた まひて、これは十五日の暁なりけり。日はいとはなやかにさ し上りて、野辺の露も隠れたる隈なくて、世の中思しつづく るにいとど厭はしくいみじければ、後るとても幾世かは経べ き、かかる悲しさの紛れに、昔よりの御本意も遂げてまほし く思ほせど、心弱き後の譏りを思せば、このほどを過ぐさん としたまふに、胸のせきあぐるぞたへがたかりける。 夕霧野分の日を回想し、秘めた慕情に泣く

大将の君も、御忌に籠りたまひて、あから さまにもまかでたまはず、明け暮れ近くさ ぶらひて、心苦しくいみじき御気色を、こ とわりに悲しく見たてまつりたまひて、よろづに慰めきこえ たまふ。  風野分だちて吹く夕暮に、昔のこと思し出でて、ほのかに 見たてまつりしものを、と恋しくおぼえたまふに、また限り のほどの夢の心地せしなど、人知れず思ひつづけたまふに、 たへがたく悲しければ、人目にはさしも見えじとつつみて、 「阿弥陀仏、阿弥陀仏」とひきたまふ数珠の数に紛らはし てぞ、涙の玉をばもて消ちたまひける。   いにしへの秋の夕の恋しきにいまはと見えしあけぐ   れの夢 ぞなごりさへうかりける。やむごとなき僧どもさぶらはせた まひて、定まりたる念仏をばさるものにて、法華経など誦ぜ

させたまふ。かたがたいとあはれなり。 源氏、出家もままならぬほど悲嘆にくれる 臥しても起きても、涙の干る世なく、霧り ふたがりて明かし暮らしたまふ。いにしへ より御身のありさま思しつづくるに、 「鏡 に見ゆる影をはじめて、人には異なりける身ながら、いはけ なきほどより、悲しく常なき世を思ひ知るべく仏などのすす めたまひける身を、心強く過ぐして、つひに来し方行く先も 例あらじとおぼゆる悲しさを見つるかな。今は、この世にう しろめたきこと残らずなりぬ。ひたみちに行ひにおもむきな んに障りどころあるまじきを、いとかくをさめん方なき心ま どひにては、願はん道にも入りがたくや」とややましきを、 「この思ひすこしなのめに、忘れさせたまへ」と、阿弥陀仏 を念じたてまつりたまふ。 帝以下の弔問 源氏一途に出家を志す

所どころの御とぶらひ、内裏をはじめたて まつりて、例の作法ばかりにはあらず、い としげく聞こえたまふ。思しめしたる心の ほどには、さらに何ごとも目にも耳にもとどまらず、心にか かりたまふことあるまじけれど、人にほけほけしきさまに見 えじ。今さらにわが世の末にかたくなしく心弱きまどひにて、 世の中をなん背きにけると、流れとどまらん名を思しつつむ になん、身を心にまかせぬ嘆きをさへうち添へたまひける。 致仕の大臣葵の上をしのび源氏を弔問する 致仕の大臣、あはれをもをり過ぐしたまは ぬ御心にて、かく世にたぐひなくものした まふ人のはかなく亡せたまひぬることを、 口惜しくあはれに思して、いとしばしば問ひきこえたまふ。 昔、大将の御母上亡せたまへりしもこのころの事ぞかし、と 思し出づるに、いともの悲しく、 「そのをり、かの御身を惜 しみきこえたまひし人の多くも亡せたまひにけるかな。後れ

先だつほどなき世なりけりや」
など、しめやかなる夕暮にな がめたまふ。空のけしきもただならねば、御子の蔵人少将し て奉りたまふ。あはれなることなどこまやかに聞こえたまひ て、端に、   いにしへの秋さへ今の心地してぬれにし袖に露   ぞおきそふ 御返し、   露けさはむかし今ともおもほえずおほかた秋の夜こ   そつらけれ もののみ悲しき御心のままならば、待ちとりたまひては、心- 弱くもと、目とどめたまひつべき大臣の御心ざまなれば、め やすきほどにと、 「たびたびのなほざりならぬ御とぶらひ の重なりぬること」とよろこび聞こえたまふ。 世の人ことごとく紫の上を追慕する

「薄墨」とのたまひしよりは、いますこし こまやかにて奉れり。世の中に幸ひありめ でたき人も、あいなうおほかたの世にそね まれ、よきにつけても心の限りおごりて人のため苦しき人も あるを、あやしきまですずろなる人にもうけられ、はかなく し出でたまふ事も、何ごとにつけても世にほめられ、心にく く、をりふしにつけつつらうらうじく、あり難かりし人の御- 心ばへなりかし。さしもあるまじきおほよその人さへ、その ころは、風の音、虫の声につけつつ涙落さぬはなし。まして ほのかにも見たてまつりし人の、思ひ慰むべき世なし。年ご ろ睦ましく仕うまつり馴れつる人々、しばしも残れる命恨め しきことを嘆きつつ、尼になり、この世の外の山住みなどに 思ひ立つもありけり。 秋好中宮の弔問に、源氏の心はじめて動く

冷泉院の后の宮よりも、あはれなる御消息 絶えず、尽きせぬことども聞こえたまひて、 「枯れはつる野辺をうしとや亡   き人の秋に心をとどめざりけん 今なんことわり知られはべりぬる」とありけるを、ものおぼ えぬ御心にも、うち返し、置きがたく見たまふ。言ふかひあ りをかしからむ方の慰めには、この宮ばかりこそおはしけれ と、いささかのもの紛るるやうに思しつづくるにも涙のこぼ るるを、袖のいとまなく、え書きやりたまはず。   のぼりにし雲ゐながらもかへり見よわれあきはてぬ   常ならぬ世に おし包みたまひても、とばかりうちながめておはす。 源氏出家を思いつつ仏道修行に専念する すくよかにも思されず、我ながら、ことの ほかにほれぼれしく思し知らるること多か る紛らはしに、女方にぞおはします。仏の

御前に人しげからずもてなして、のどやかに行ひたまふ。千- 年をももろともにと思ししかど、限りある別れぞいと口惜し きわざなりける。今は蓮の露も他事に紛るまじく、後の世を と、ひたみちに思し立つことたゆみなし。されど人聞きを憚 りたまふなん、あぢきなかりける。  御わざの事ども、はかばかしくのたまひおきつる事なかり ければ、大将の君なむとりもちて仕うまつりたまひける。今- 日や、とのみ、わが身も心づかひせられたまふをり多かるを、 はかなくてつもりにけるも、夢の心地のみす。中宮なども、 思し忘るる時の間なく、恋ひきこえたまふ。
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